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福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)412号 判決

第一審原告(第四一一号事件控訴人・第四一二号事件被控訴人) 日本コロムビヤ株式会社

第一審被告(第四一一号事件被控訴人・第四一二号事件控訴人) 国

主文

原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。

第一審原告の請求を棄却する。

第一審原告の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は「原判決を次の通り変更する。第一審被告は第一審原告に対し金二十九万八千四百四十九円およびこれに対する昭和三十一年十月十三日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。第一審被告の本件控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする」との判決を求め、第一審被告代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および認否は、第一審原告代理人において「執行吏訴外池田義郎の職務上の過失によつて第一審原告が引渡を受けることができなくなつた本件物件は別紙目録記載の通りであつてその時価合計は金二十九万八千四百四十九円であるから、本訴請求は右金員およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和三十一年十月十三日より完済まで年五分の割合による損害金に滅縮する」と述べ、新たに甲第十一ないし第十七号証を提出し、当審証人斎藤哲男の証言を援用し、第一審被告代理人において「第一審原告の主張する本件物件の数量および時価はこれを争う」と述べ、新たに当審証人池田義郎の証言を援用し、甲第十一ないし第十七号証は不知と述べた外、いずれも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

理由

成立に争のない甲第一号証(判決正本)同第九号証(菊次利夫調書)によれば、第一審原告は予て訴外東洋電器株式会社と取引があり、昭和二十八年十一月初旬には同会社の第一審原告に対する債務は金二百数十万円に達していたため、当時同会社の整理にあたつていた訴外山下勝海は同会社の代理人として第一審原告に対し右債務の一部の代物弁済として別紙目録記載の物件(ただしレコードは六百枚)を引取るよう申入れたので、第一審原告はこれを承諾し同月三日右会社の営業所である福岡市六本松五百六十一番地訴外田中勝彦方において代物弁済として前記物件の引渡を受けた上、右山下をしてこれを保管させた事実を認めることができる。

ところで福岡地方裁判所執行吏訴外池田義郎が訴外藤崎親義の委任により同人の前記田中勝彦に対する福岡法務局所属公証人田中園田作成第五二七七四号公正証書の執行力ある正本に基く強制執行として、又同時に訴外日之出興産合資会社の委任により同会社の前記田中勝彦に対する福岡法務局所属公証人松井善太郎作成第八三四九二号公正証書の執行力ある正本に基く強制執行として昭和二十八年十一月十二日右田中方において別紙目録記載の物件(ただしレコードプレヤーは四台、レコードは六百枚)を藤崎のため差押え且つ日之出興産合資会社のために照査手続を行つたため、第一審原告は藤崎および日之出興産合資会社を被告として右物件は第一審原告の所有であることを理由に福岡地方裁判所に対し右強制執行に対する第三者異議の訴を堤起し(同裁判所昭和二十八年(ワ)第一二四八号事件)審理の結果昭和二十九年九月一日第一審原告勝訴の判決が言渡され右判決は確定したので、第一審原告は同月二十五日差押解放手続を経て池田執行吏に対し前記物件の引渡を求めたが、右物件は前記第三者異議訴訟の係属中何者かによつて持出され所在が判らなくなつていたことは当事者に争のないところである。

第一審原告は「以上の経過により池田執行吏は本件物件を第一審原告に引渡すことができなくなつたのであるが、右は同執行吏の職務上の過失に基因するものである」として先ず「池田は執行吏として前記強制執行における差押をなした際債務者である田中勝彦が所在不明であつて同人に差押物件の保管を命ずることはできないのにかかわらず、これを債務者本人の保管に任せたとして保管の責任者を明らかにすることなく漫然債務者の住所に放置したことは、民事訴訟法第五百六十六条第一、二項に違反する重大な過失行為である」と主張する。そして池田執行吏が前記差押をなした際債務者に物件の保管を任せたことは当事者間に争がなく、又右差押当時債務者である田中が所在不明であつたことは原本の存在ならびに成立に争のない甲第六号証(堀稔調書与)によつてこれを認定できるのであるが、池田執行吏の右措置をもつてその職務上の過失行為であるとする第一審原告の見解はこれを採用することができない。けだし右甲第六号証ならびに当審証人池田義郎の証言を綜合すれば、次のような事実を認めることができるからである。すなわち前記田中方は前記東洋電器株式会社の営業所であると共に、田中自身の住所であり又その店舗でもあつた。しかして池田執行吏が差押のため右田中方を訪れた際店舗には店員がいて顧客の応待にあたつており、又内部には家人らしい女子供が居て、その起臥寝食する設備が具わつており、なお同執行吏が店員に対し債務者の在宅かどうかを尋ねたところ今はいない旨返答したので、同執行吏は債務者は一時不在であると判断して差押物件を債務者の保管に任す措置を執つたのである。そして差押の際池田執行吏に同道した債権者より同執行吏に対し田中の所在が不明である旨を告げた事実その他同執行吏が田中の所在不明であることを知つていたことを認めるに足りる証拠は存しないのである。差押当時の状況が以上のごとくであり、又営業中の店舗および住所を有する者がその所在を晦ますようなことはむしろ異例の事態であることをも考慮すれば、池田執行吏が差押の当時田中の所在につき更に立入つた調査をすることなく、同人は一時不在であると判断したからといつてこれを軽卒であるということはできない。したがつて同執行吏が右判断に基き債権者の承諾を得て差押物件を債務者の承諾を得て差押物件を債務者の保管に任せたことをもつて、同執行吏に職務上の過失があると断ずることは到底できない。

次に第一審原告は「池田執行吏は右執行にあたり債務者不在のため訴外家永重夫および同吉田竜次郎を立会人として差押をなしているが、債務者不在の場合の立会人は手続の公正を保証する重要な証人であつて法律は一定の資格を要求しているのにかかわらず、本件差押の場合この重要な立会人の身元性格が全く明かにされておらず、又池田執行吏は前記吉田を田中の使用人と思つて吉田を立会人としているのであつて、もし同人が田中の使用人であるとすればこれは執行吏執行等手続規則第十五条に違反する」と主張する。そして原本の存在ならびに成立に争のない甲第七号証(有体動産差押調書写)によれば、池田執行吏が本件執行にあたり債務者不在のため訴外家永重夫および同吉田竜次郎を証人として立会わしめていることは明らかであるが、元来本件執行に際しては前記認定の通り債務者田中方の店員が執行の現場にいたのであり、前記のような問答の内容から考えてもそれは成長した雇人であつたと認められるから、本件執行に際し証人を立会わしめることは格別必要ではなかつたのである。

したがつて前記両証人がその資格を具備するといなとにかかわらず、本件執行に民事訴訟法第五百三十七条に違反する点は存しないというべきであり、第一審原告の右主張も亦これを採用することができない。

しからば本件執行につき池田執行吏に職務上の過失があるとして第一審被告に対し本件物件喪失による損害の賠償を求める第一審原告の本訴請求は、爾余の争点について判断するまでもなく全部失当として排斥するの外なく、これと一部趣旨を異にする原判決は取消を免かれない。

よつて第一審原告の本件控訴を認容すると共に第一審原告の本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 林善助 丹生義孝 佐藤秀)

物件目録〈省略〉

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